Web標準化という仕事、そしてWebの今後について、W3Cの中の人に聞いてきた

Webの現状をどう見る?

白石: 今日は取材お受けいただきありがとうございます。簡単に自己紹介からお願いします。

芦村: W3C/Keioで働いている芦村です。Webの標準化を仕事にしていまして、アクセシビリティやコンピューターを使いやすくすることに興味を持って取り組んでいます。

白石: W3Cの方に直接お話を伺う機会なんてそうはないので楽しみにしてきました。芦村さんから見て、今のWebの現状はいかがですか?

芦村: HTML5のムーブメントを経て、アプリケーションやシステム構築のための共通プラットフォームになってきました。 WebDINO Japan(元Mozilla Japan)の浅井智也さんが作った「Web曼荼羅」という図ですが、凄まじい数の仕様が、様々な団体をまたがって策定されているのがおわかりかと思います。

とはいえ、まだまだ道半ばではあります。プラットフォームであるからには、便利で安定していなくてはなりません。 そのためにはプラットフォームとしての機能をより高めていくだけでなく、既存の仕様に対するテストももっと充実させていかなくてはなりません。

白石: まだ成長中のプラットフォームであると。

芦村: はい、そして更に、人にフォーカスしなくてはなりません

開発者にとって、開発が楽なプラットフォームかどうか?Google ChromeやFirefoxには開発者ツールが付属していますが、ああいったツールを含め、開発全体の環境を良くしていく必要があります。

また、開発者の教育も重要です。特に若い人に対して、Webの知識を広めていかなくてはなりません。 そういう意味では、W3Cの日本における事務局が慶応大学にあるのはいいことだと思います。学生との接点を持ちやすいですし。

白石: Webのユニークなところは、数多くの企業が協同で標準化に努めているアプリケーションプラットフォームだと言うところだと思います。 しかもその企業の中には、グーグル、アップル、マイクロソフトと言った巨大なベンダーが含まれている。

芦村: 現在、400社くらいの企業がW3Cに協賛してくださっています。標準化における主役はそうした会員企業の皆様で、私たちはそのサポート役です。 私は時々「ホテルのコンシェルジュみたいな仕事だ」と言ったりしますけどね(笑)。

白石: そうした企業を繋いでいく標準化のお仕事というのは、具体的にはどのようなものなのでしょうか?

芦村: 標準化の作業は、結局のところ「仕様書をみんなで作っていく」ということに尽きます。

仕様書はW3C Process Documentという文書に書かれたルールに則り、ワーキングドラフトという状態から始まって、最終的な「勧告」という状態を目指して作業が行われます。

仕様書を策定するのはワーキンググループの役割で、その間のコミュニケーションを円滑にするのが私たちの重要な仕事の一つです。 電話会議を実施して議事録を取ったり、メーリングリストやGitHubで行われる議論をウォッチしたり。ちなみに私の電話会議のスケジュールはこんな感じです。

白石: うわぁ…夜8時以降がギッシリ。海外との電話会議だから時差があって大変ですね。

芦村: そうなんです(笑)。

白石: 様々な仕様が同時並行で標準化されていくのを、横断してサポートする感じなんですね。お仕事の雰囲気がなんとなくつかめました。

Webとテレビ…メディアプラットフォームとしてのHTML5の現状

白石: 今は、どういった分野の標準化を強く推進しているのでしょうか?

芦村: テレビ、IoT、自動車と言った産業分野での応用に力を入れています。

まずテレビの分野では、今までの一方向のブロードキャストを超えて、インタラクティブなテレビ放送の実現が望まれています。 日本では、NHKさんが主導してハイブリッドキャストの標準化などを進めていらっしゃいますね。

HTML5を(動画の)メディアプラットフォームとして使って頂くためには、標準のvideo要素に不足している機能がいくつかあります。例えばストリーミング配信だったり、コンテンツ保護の機能だったりですね。

それらを補うために、Media Source Extensions (MSE)やEncrypted Media Extensions (EME) といった仕様も既にありますし、字幕などを実現するためのフォーマットであるTTMLWebVTT、セカンドスクリーン制御用のPresentation APIなどもあります。

白石: メディア配信のための機能はかなり充実していると言えそうですね。

今後のクルマはWebSocketサーバーに?

芦村: Webとクルマについても、最近活発に議論されています。

近年「コネクテッド・カー」というコンセプトで、インターネットに常時接続する自動車が開発されています。そうした中、Webの自動車における利用も具体的に検討されています。

白石: カーナビとかで使われる、センタースクリーンのUIがWebブラウザになる、って感じでしょうか?

芦村: それは一つのユースケースですね。ほかにも、クラウドにデータをアップロードする「Webクライアント」としての利用や、自動車固有のデータを扱うためのJavaScript APIなども整備されています。

芦村: で、実際の車載システムとのコミュニケーションは、WebSocketを利用する仕様が提案されています。Vehicle Signal Architectureの図を見ると全体像が把握できるかと思います。

白石: WebSocketで車とコミュニケートできるんですか、なんか胸熱ですね…!

芦村: 自動車技術とWeb技術の融合に関心のある方は、Webとクルマのハッカソンというイベントもあるので、申し込んでいただくといいかと思います。

「つながなきゃもったいない」…Web of Things (WoT)の狙い

芦村: IoT分野に対しては、Web of Things (WoT) という取り組みを通じて、IoT機器やプラットフォーム間の相互接続を促進しようとしています。

白石: しかし、IoTデバイスって、Webブラウザを搭載するには非力なものも多そうだし、そもそもスクリーンを持たないデバイスも沢山ありますよね。そこでWebが果たせる役割とは何なのでしょうか?

芦村: 確かに「Webブラウザ」という観点からでは、仰る通りです。ただ、ここで言っているWebとはもっと広い意味、「インターネット上の情報空間」という性格のWebを差しています。

芦村: いろんなものがインターネットに繋がって、集められたデータが、既にWeb上に蓄積していますし、その蓄積する速度はこれからも増すばかりでしょう。 だから、率直に言ってそれらのデータを連携させないのはもったいないぞ、もったいないおばけが出るぞ、なんて思っているんです(笑)。

IoTデバイスは、既にWebに接続しています。しかし今はそれらの実装がバラバラ。 ただ実際に、それらを連携させたいというニーズは、ユーザーからも企業側からも出てきています。

白石: 錚々たる企業が参加してますね。

芦村: そこでW3Cには業界におけるユニバーサル・ジョイント・アダプター的な役割が求められているんです。

白石: WoTとは具体的にどのような技術セットなのですか?

芦村: 全体像としては「W3C WoT Framework」というものになります。そのフレームワークでは、WebサーバーとWebクライアントのどちらも備えた「Servient (Server + Client)」と呼ばれるデバイス同士が相互接続するというのが基本的なモデルです。

そして、機器を公開したり発見したりアクセスしたり…という事を行うためのJavaScript APIも規定されています。

白石: Servientですか、デバイスにサーバーもクライアントも突っ込むとは。大胆で面白いアイデアですね〜。

Webを継続的に発展させていくために

白石: では、最後にWebの今後とW3Cが果たす役割についてお話いただけますでしょうか?

芦村: Webの本質は、自律分散協調システムであるというところにあると思うんです。あらゆる主体が自律的に、分散して活動するのですが、更にそれらが協調することでより大きな価値を生んでいく。

W3Cが注力しているのは、こうした自律分散協調システムが、より活性化するように後押ししていくことです。

自律と分散により、それぞれの主体が競争しながら個別の実装を行っていく。しかしそれらの実装は、「Webと繋がっている」という点では共通です。Webはインターネット上のグローバルな情報プラットフォームですから。 そうしてWebに繋がっている個々の主体を、今度は相互接続して協調できるように働きかけていく。

白石: なるほど、そういう観点から見ると、Webブラウザも「Webと繋がっている」アプリケーションですし、HTMLやCSSの標準化とかもまた違った捉えかたができそうですね。

しかし個人的には、HTMLやCSSの標準化を見ても、活発に進めているのはごく少数の企業のみ…というふうにも思えます。 これは、標準化から利益を得られる企業が限られているからとも思えるのですが、そこはどうお考えですか?

芦村: 確かにそういう見方は否定できません。Webは基本的にオープンであることを指向しますから、既存の企業も、オープンウェブの上にビジネスを再構築する必要が生じるという面もあるためです。

そしてやはり、標準化が企業の利益に貢献するというモデルを後押しする必要はあると思っています。そうでない企業にとっては、標準化って「趣味」みたいなものになってしまいますから。

そういう意味では、WoTは良いテストケースだと思っています。たくさんのモノを、そして企業をつなぎ、さらにそれら企業の利益に貢献する。そして、Webがオープンな場所として健全に発展していくことを、継続的に後押しするのがW3Cの役割だと思います。

白石: 本日は、W3Cという立ち位置からの貴重なお話、大変面白かったです。どうもありがとうございました!

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