「HTML5 Conference 2013」ルーム5Cの最終セッションは「通信キャリアプロフェッショナルが語るHTML5への期待」と題したパネルディスカッションが行われた。パネラーとして登壇したのはNTTコミュニケーションズの宮川晋氏(専門:バックボーンNW)、ソフトバンクモバイルの湧川隆次氏(専門:アクセスNW)、KDDIの藤井彰人氏(専門:クラウド基盤)の3人。コーディネータをNTTコミュニケーションズの小松健作氏が務めた。
これからのアプリ開発はネットワークの知識は欠かせない
セッション開始にあたり、まず小松氏が同セッションの目的を紹介した。
「HTML5の登場により、Webが進化しているのは承知のとおり。通信など他のレイヤーに影響を及ぼしている。つまりWebアプリ開発者も、キャリア通信のところで何が起きているか知らないとやっていけない状況になっている。またこれは逆もしかり。そこでまずキャリアプロフェッショナルに、今、通信のところでは何が起きているか語ってほしい」。こう口火を切り、宮川氏のプレゼンテーションが始まった。
アプリ屋さんはTCPより下を、IP屋さんはTCPより上を
「私はIP屋なので、Webの世界は知らない」。開口一番そう話し、プロフィールの紹介を始めた宮川氏。同氏は会社での仕事のほか、RFC3769 Requirements IPv6 Prefix DelegationなどIPv6の規格の標準化・実用化に長らく携わっているという。
「今日はIPネットワークに携わっている側から、HMTLをやっている皆さんに知っていただきたいこと、あるいは教えていただきたいことについて話をしたい」
こう前置きし、最初に宮川氏が紹介したのはIETFの「HourGlass(砂時計モデル)」図。同図では砂時計の真ん中部分がIPとなっており、IP屋さんはTCPより上については良くわからず、反対にアプリ屋さん(HTMLを書く人)はTCPより下については気にしなくてよかった。しかし「HTML5関連の技術であるSPDYやWebSocket、WebRTCなどが登場してからはそうも言っていられなくなった」という。
CGN(Carrier Grade NAT)という技術がある。これは1つのグローバルアドレスを複数のユーザーで共用するという、IPv4延命のための技術だ。重要なのはCGNでは1台のマシンで使用できるTCPの数には限界があるということ。最近のWebアプリはAjaxを用いて多数のTCPを張り、表示の高速化を図っている。つまりたくさんのTCPを同時使用しているということ。このような状況下でCGNが導入されればCGNに多大な負荷と影響を及ぼすことになると予想できるという。もちろんIPv6化も検討が進められているが、「これも問題がないわけではない」と宮川氏は次の点を指摘する。
- SPDYやWebSocketなどとインフラとの親和性が本当にあるのか。
- ファイアウォールやロードバランサーとかがうまく機能するのか
- 全部HTTPSになるとしたら、コンテンツの中身をプロバイダは見えなくなる。ISPはもう何もできなくなるがいいのか
また今のネットワークはクライアント/サーバモデルに忠実なので、North-Southが太くてEast-Westはあまり考えていないつくりになっている。しかしこれからWebRTCが流行ったりすると、EW方向も重要になると思われる。
「アプリ屋さんと意見交換をしたい。現在、V6協議会研究で『IPv4枯渇に係るインターネット新技術導入に向けた検討WG』を運営している。一緒にやってくれる人を大募集している」
IPv6は真のエンドツーエンド実現。だからIPの知識が必要
続いて湧川氏が登壇。
「キャリアという紹介があったが、実はソフトバンクモバイルに入ったのは今年4月。IETFでモバイルの標準化にずっと携わってきた。今日はHTML5のWebsocketやSPDYが、どうIPに影響するかというところから話をさせていただこうと思っている」。こう切り出し、湧川氏のプレゼンが始まった。
今まではサーバーとマシンとのやり取りはHTTP1.1。複数のTCPでマルチにセッションを張り、各TCPが1つのやり取りをしてデータを落としてきた。これを効率化するために登場したのが、WebSocketである。これにより、一つのTCPパイプの中で複数のストリームを流せるようになった。そしてHTTP2.0では暗号化して仮想的なセッションでやり取りするという新しい動きが出てきている。
「しかし疑問もある」と湧川氏。それはTCPのLong-Livedセッションはモバイルには向かないのではということ。先述したように今までは一つのページに複数のTCPを張り、通信をしていたので非常に短いセッションですんだ。一方今はWebSocketのように1つのTCPに複数のストリームを流していくので、長い時間TCPのセッションを張ることになる。そうなるとモバイルはどうしても「パケ詰まりにより、無線の混雑が起きてしまう」と指摘する。またモバイルはハンドオーバーもある。「モバイルの場合、TCPのセッションを減らそうといっても、複数のセッションを張ることになると思う」と湧川氏。
一般的にキャリア側ではユーザーが便利に使えるよう、さまざまな施策を講じてきた。以下がそれだ。
- キャッシュ
- CDN
- オプティマイザー
- フィルタリング
- ファイアウォール
- DPI(Deep Packet Inspection)
- QoS
今後、暗合化してエンドツーエンドで通信をするようになると、「キャリアができることはなくなる」と湧川氏は言う。つまりアプリケーションを書く人が用途と使える機能をきちんと理解して使うことが重要になるという。そしてIPv6が普及すると、真のエンドツーエンドが実現する。「すばらしい世界だが、大丈夫かどうか、注意が必要。ぜひアプリ開発者と議論していきたい」(湧川氏)。
ネットワークのSDKもプログラムブルに
最後に登壇したのは藤井氏。 「先の二人とはバックグラウンドがかなり違う」 プレゼン冒頭でこう切り出し、藤井氏のプレゼンが始まった。同氏がGoogleからKDDIに転職したのは今年の4月で、MashupやWebAPIでアプリケーションを作っていくことに関心を抱いているという。KDDIではクラウド基盤のサービスの企画を担当している。
「HTML5はモバイル、ウェアラブル、クラウドへ転換していく」と藤井氏。そのときにクラウドの基盤とアプリケーションの配信基盤が今後、どうなっていくのか、そこに関心があるという。データセンターなどのインフラとアプリケーション開発基盤がセットになったものがどんどん登場している。その例として藤井氏が挙げたのが、Facebookのデータセンターのハードウェア設計をオープンソース化する「Open Compute Project」やAmazonの「AWS SDK for JavaScript」。「インスタンスを追加したりロードバランスの設定を変えたり、ということがAWSで動的に変えていける時代になっている」(藤井氏)
Webアプリケーションの基盤としてのPaaS、BaaS、MEAP(モバイル・エンタープライズ・アプリケーション・プラットフォーム)なども登場している。
「ネットワークのSDKのところがプログラムブルになるなど、Webアプリ開発者もアプリだけをみていれば良いという時代は終わったと言える。どんなクラウド、開発基盤を求めていくのか。Webアプリ開発者のその分野への自由な進撃が始まる」(藤井氏)
3人のプレゼンが終了し、コーディネータの小松氏は「これからのWebアプリケーション開発では、ネットワークやクラウドなどの知識もなければ難しくなる。そのための取り組みとしてキャリア側で用意していることやアプリ開発者に期待していることが教えてほしい」と問いかけた。
「2015年11月にIETFの会合が横浜で開催される。しかもW3CのTPACとの同時開催を今、画策している。この同時開催の裏側にあるのは、インフラとアプリがバラバラで開催することに限界がきているから。お互いにセッションし合わなければならないほど、深刻な事態に突入してきている。これは逆にビジネスチャンスでもある。IETFやTPACで何かしようとしたら2年ぐらいかかるので、『こういうアイデアがあるんだけど』という人がいれば、どんどん発信してほしい。そして2年後の横浜で世界に向かって成果として出す。これはすごいバリューになる」(宮川氏)
「アプリ開発側からネットワークの方にもっと寄ってきて欲しい。要求仕様を出してもらえると、私たちができることはまだまだ一杯ある。アプリ開発側がどういうところに問題を感じているかをぜひ、教えて欲しい」(湧川氏)
「ネットワークやクラウドを含め、すべてがプログラムできるような世界がくる。それを考慮に入れたアプリケーションの開発やアーキテクチャの作り方をしていってほしい。また先述したようにさまざまなインフラのサービスが登場しているので、それを使い分けていくのも面白いと思う。そのためにも、ほかのレイヤーの知識を身につけてほしいですね」(藤井氏)
ネットワークの知識は欠かせない
藤井氏の話に付け足す形で宮川氏はジュニパーネットワークスがこの秋に発表したOSSプロジェクト「OpenContrail」を紹介。同プロジェクトではApache License 2.0で利用できる SDNコントローラ、仮想ルータ、オーケストレーションAPI、アナリティクス、管理コンソールなど、データセンターのオーバーレイを実行するのに必要なすべてのコンポーネントを提供している。
また同プロジェクトではXMPPというチャットで使われるプロトコルを採用していることから、「例えば30分だけより大きな帯域を確保したいというと、15分後にそれが実現する、ということもできるようになるかも」と、アプリ側でできることの広がりを示唆した。
アプリ開発者にとってネットワークの知識がこれから大事になることを改めて実感できた同セッション。「HTML5の普及でネットワークへの敷居は下がってきている。Googleなども遅延をなくそうといろんな仕掛けに取り組んでいる。ぜひ、みなさんもネットワークを武器にしてこれからのアプリ開発に生かしてほしい」(湧川氏)、「HTML5だけに小さくまとまってしまうのではなくて、ネットワークとクラウドのところにも興味を広げ、大きな可能性を探ってほしい」(藤井氏)と呼びかけ、セッションは終了した。
(レポート:中村仁美/撮影:斉藤和佳子)
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