今また、「Webの死」を予言する論調をそこここに見かけます。モバイルやウェアラブルといった新たなコンテキストが、プラットフォームネイティブな技術の優位性を後押ししているだけではなく、Webコンテンツの消費の仕方を大きく変え、Web上で成り立っていたビジネスモデルをも脅かしつつあります。
本当にWebはヤバいのか、気になってしょうがないので、スゴい人たちに集まってもらって、「Webは死ぬか」について語り合っていただきました。Webを取り巻く様々な論点を包括的に議論でき、貴重な場になったのではないかと自負しております。 Webに関わる人にとっては必読の対談だと思います!でもこの記事、長くて濃いので、心してかかってくださいね:-)
▲左から藤村厚夫さん、清水亮さん、羽田野太巳さん、筆者・白石俊平、及川卓也さん
メンバー紹介
白石 皆さま、このたびはお集まりいただき、ありがとうございます。まずは自己紹介からお願いできますでしょうか。
及川 及川卓也 です。Google Chromeのエンジニアリングマネージャーを務めています。ChromeのうちのBlinkと呼ばれるレンダリングエンジンだったり、WebのDeveloper FacingなAPIを開発する、といったことをずっとやっています。立ち位置としては、「Webを推進する」ということをやっていますので、Webには未来を感じています。特にこの2~3年、技術面から「Webとは何なんだろうな」とずっと考えていたので、それにも通じる話かなと思っています。
藤村藤村厚夫 です。以前はアイティメディアという会社の経営に携わっていましたが、現在はスマートニュースという会社で、メディア事業開発という立ち位置で働いています。スマートニュースは、検索エンジンと同じく、Webをクロールしてアプリで表示するということを全自動で行います。とはいっても、そのコンテンツを作り出した方々との良好な関係を持たないと、コンテンツを使い続けるわけにもいきません。なので、多くのコンテンツホルダーの方々とパートナーシップ、または交渉するといったことがメインの仕事になります。
業界全体で見ると、メディアで飯を食っていける仕組みを作り出さなくてはならない、ビジネスとしてのコンテンツの流通というものを考えなくてはならない、自分たちだけではなく、コンテンツを作っている方々と我々の中でビジネスの構造を作っていかなくてはならない…こうした中で、これからのデジタルメディアを考えていかなくてはならない。そのためにはどうしたらいいか…というのが普段からの問題意識です。
清水 清水亮 です。僕自身はもともとマイクロソフトっていう会社で開発をしていて。その後ドワンゴという会社の立ち上げでモバイルウェブというのがカネになる——僕はなるとは思ってなかったんですが——というムーブメントを体験し、その後自分の会社を作ったあとも、モバイルウェブで食わしていただいて。その後スマートフォンが出てきた時は、モバイル公式サイトってビジネスモデルが崩壊しちゃう、どう立ち居振舞えばいいのかってところでアプリを作ったりしていました。
最近はHTML5が出てきたんで、enchant.jsというゲームエンジンを作ったりしていて、アプリを作るのはほとんどやめちゃいました。HTML5については、情報を見るのは誰でもできるのだけど、作るのはまだまだ難しい、という非対称性があると考えていて、その問題に一石を投じるため、enchantMOONというオーサリングツールを作っています。 最近は仕事でディープラーニングに触れたりしています。
羽田野 羽田野太巳 と申します。個人会社として有限会社futomiをやっています。そちらはもともとCGIというのが流行っていた時代に始まっていて、サーバサイドのシステム開発を主に行っていました。それがどんどんアプリケーション寄りになってきて、いつの間にかHTML5をやっていたと。今ではほとんどが、ブラウザの上で動くアプリとしてのWebの仕事が中心になっています。一言で申しますと、私はビジネスというよりはWebデベロッパーというカテゴリに入るのかなと思います。
もう一方で私は、ニューフォリアという会社の役員もやっておりまして、そちらではWebアプリの開発もやるんですが、デジタルサイネージも手がけておりまして。デジタルサイネージは実はプロプライエタリなシステムだらけ、互換性もなく閉鎖的なシステムで運用されているのが実情なんですが、実際に街中でご覧になって分かる通り、仕組みとしてはとてもシンプルなんですね。一言で言うとスライドショー。「こんなのWebでいいじゃん」という発想から、いわゆるサイネージプレイヤーを全部JavaScriptベースでブラウザの上で動かすというチャレンジを、ニューフォリアではやっております。
白石 私も対談に参加する人間として、自己紹介させていただきます。 HTML5 Experts.jpの編集長、白石俊平 です。昨年まではhtml5jというコミュニティのリーダーもやっておりましたがそこからは引退しまして、今は自分の会社を大きくしていくことに注力しようとしているところです。
では、いよいよ本題に入らせていただきたいと思います。
今回は大きく2つに分けてディスカッションを行いたい と思います。
前半はビジネス寄りの話を中心にしたい と思います。「Webビジネスは死ぬか?」って話ですね。これって、ECとかが死ぬことはないと思うんですが、最近危ういなと思うのはメディアを中心とした広告ビジネスですね。モバイルの時代になり、コンテンツの消費のされ方も変わってきましたし、アプリ中心の世界ではCookieによるターゲティング広告がうまく機能しなくなってきたという話もあります。そうした話題を中心として。
後半はテクノロジー寄りの話 として、よく言われるネイティブ vs Webの話をはじめとして、いろいろとお聞きできればと思います。
先に言っておきますが、まあ現実問題として、「Webは(そうそう)死なない」って結論が出るのはなんとなくわかっております(笑)。ただ、「死ぬか?」という問題提起をすることで、現在のコンピューティングの課題や最前線の話題を浮き彫りにしたい、それが本企画の趣旨になります。
ではまず、「Webメディア・コンテンツ」といった話題を中心に、話し合っていただきましょう!
コンテンツプラットフォームとしてのWebは死ぬか?
羽田野 まず最初に伺っておきたいんですが、皆さん「Web寄り」の人でしょうか?立場が似通ってて、おんなじような意見の方ばっかりだったら面白くならないな、と思って。
藤村 私は違うかも…。孤立感を感じております(笑)。
及川 でも、スマートニュースこそ、コンテンツプラットフォームとしてのWebに強く依存しているわけですよね。コンテンツプラットフォームとしてのWebが死んじゃったら、スマートニュース成り立たなくなっちゃう。
清水 僕は、スマートニュース危ないと思ってて。
白石 早速爆弾ですね(笑)。
清水 結構付き合いの長いKADOKAWAって会社が、電子化に専念して、(週刊アスキーが)近々紙をやめるってことらしいんです(注: 取材を行ったのは2015年5月18日)。ただ、今回の電子化っていうのは、各種ブックストアで販売される電子書籍版だけにするって話なんですよね。Webだけっていう話じゃなくて(編集部注: 詳しくは、週アスのサイトに掲載されている「『週刊アスキーがウェブ/電子版に完全移行』ってどゆこと?発表後1ヵ月の機会にまとめてみた」という記事をどうぞ)。
白石 そうなんですか、知らなかった。てっきりWebだけにするもんだとばかり思ってました。
清水 これは一例なんですが、そういう電子書籍とかって、スマートニュースとかじゃまだカバーできない領域ですよね。
一方で週刊アスキーのWebメディア、週アスプラス(編集部注: 現在は「週刊アスキー」)が儲かっているのか、というと多分そこまで儲かってない。少なくとも紙の週刊アスキー時代のように、莫大な海外出張費が出るほどには全然儲かってない。
例えばこないだのBuild(米国で開催されたマイクロソフトのカンファレンス)で、知り合いのジャーナリストとかに聞いてみると、みんな自腹で来ているわけです。何十万もかけて渡米する費用が、原稿料でペイできるのか?できるわけがない。「ライターは食えない」という状況の中で、今って(よほどの売れっ子以外は)惰性で書いてるか、副業で書いているか、っていう人しか残ってないと思う。
これって、Webメディアっていうビジネスが総じて成り立たなくなりつつあるんじゃないかと思うんですよね。モバイルコンテンツの時とかは、300円とかをユーザがなし崩し的に払ってくれていたわけですが、今はかつてのスケールで収益化に成功しているメディアは存在してないと思うんです。
で、Webメディアが成り立たなくなったら、スマートニュースみたいなキュレーションメディアも成り立たない。
Webメディアというビジネスは今後も成り立つのか
藤村 2000年にWeb専業のメディア(@IT)を立ち上げて、Webプラットフォームの上にいわゆる出版社を作ってやってきた立場から言うと、「Webメディアが儲からない」ということはないと思います。株式公開もしましたし、現時点でも、事業として利益を出し継続性を持ってやっている。ただ、儲かることの意味というのは変わっている と思います。
例えば、パブリッシングプラットフォームとか、コンテンツのロジスティックス —— 先ほど私は「流通」という言葉を使ったかもしれませんが —— 大量のコンテンツに的確にユーザがリーチする、もしくはその逆で、ユーザに的確にコンテンツを届けるといった、「コンテンツの交通整理」みたいなものが必要になっていると思いますし、それをマネタイズするための手法も、Webの上でいろいろ出てきています。そして、それぞれの機能が、それぞれ成熟してきていると僕は思っているんですね。
例えば、以前は(メディア企業は)CMSを自分たちで作っていたわけですよ。我々もそうだったんですが、CMSを作ることから始める、広告を表示する仕組みから開発してビジネスの仕方を考えていた。しかし言ってみれば、自分たちでそれらを作ことの効率の悪さみたいなのに気づいて、そこに一つの「レイヤーキング」みたいな構造ができあがった。それが先ほどの、ライターは食える食えないとか、いろいろな事象に繋がっている。それは、Web専業メディアが出てきた1995年くらいから20年経って、従来のモデルがそのままでは通用しなくなってきたという事実なんだと思います。
様々なレイヤーでパワープレイヤーが出てきて、ビジネスの仕組みを変えざるを得ないという段階に到達したと。これからそういう組み換えと、新しいトレンドの中で、どういうビジネスが有効であるかと考える時期かなと。それが、コンテンツプラットフォームとしてのWebというところにおける自分の問題意識です。
ですから一般論として、食えないというものではないけれども、「やってりゃどうにかなる」というものでもない。 なので、変わっていこうとしている途上なので、新しいものを見通そうと思うと、いろんな課題がある。私は、メディアビジネスが生き残っていくにはオンラインしかないと思っている。それは20年間、認識は変わっていません。
しかし例えばそれが、自立的に生きていくのか、FacebookのようなWalled Gardenを持っているところと組まなければならないのかとか、Webの自律性とかそういうところだけでは答えが出せない、という段階に差しかかっていると思います。コンテンツプラットフォームとしてのWebを語る上では、そういう論点を整理していかなくてはならないかなと思いました。
ライターは儲からない、ブロガーは儲かる!?
羽田野 「4大メディア」時代からウェブになって、食える人が大きく変わってしまったんじゃないでしょうか。儲かる人が変わっちゃっただけで、ある人はWebのせいで儲からなくなったけど、ある人はWebで儲かるようになったっていう。
清水 ただ、ライターって立場から見ると、明らかに「儲からなくなった」と言えます。 僕はライター出身ですが、今の時代ライターで食っていこうとは考えられないくらい、原稿料が安い。昔は1ページ2~3万だったのが、今は1記事5,000円とかです。5,000円じゃ生活できないですよ。しかも、雑誌とかの部数は割と横ばいなんです。メディアとしての稼ぐ力が全体的に下がっちゃったんでしょうね。だから、今これからライターになろうとする人は、めちゃくちゃ大変です。ほとんど仙人目指すみたいな(笑)。
白石 今までのお話を踏まえると、紙も儲からない、Webも儲からないとなると、全体的に「出版」という市場は縮小している、ということになるんでしょうか?
清水 どこまでを「出版」と捉えるかによると思いますね。例えばKindle本でいうと、部数は紙ほど出ませんが…100分の1とかそんなもんじゃないでしょうか。印税としての実入りは大きい。まとまった情報にお金を払うというカルチャーはまだ生きていて、ただそれが、今のところWebではない というだけです。まあ電子書籍も、「EPUBはWeb技術だ」って話もあるかもしれませんけども。
他にはブログ、これは今後もずっと生き残ると思います。ちなみにブログやってて面白い発見があったんですが、僕はアフィリエイトべたべた貼ってるんですけど、紙の本と電子書籍、紹介した時の売上が100倍違うんですよ。
白石 どっちがよく売れるんですか?
清水 電子書籍です。電子書籍のほうが100倍売れる。
全員 へえー!
清水 僕のブログを読んで、「この本を読みたい」と思った人は、すぐその場で読みたいんですね。明日まで待たない。でもね、僕のブログ経由の売上がAmazonのランキングを左右するようなレベルなんです。要は数百部の売上がランキングを左右するような世界。3,000部から、っていう紙の世界から考えると、まだまだ電子書籍のスケールって小さい。
白石 ちなみに今のお話を聞いて、「ジョナサン・アイブ」の本を清水さんのブログ経由で購入したのを思い出しました(笑)。
清水 それはどうもありがとうございます(笑) 。個人的な体験で言うと、ライターを一生懸命やってた頃より、実は今のアフィリエイト収入のほうが大きいです。楽して同じ収入稼げるという意味では、出版社に頼ってた頃より今のほうが自由かもしれません。出版社に「書きすぎ」とかって止められることもありませんしね。
今は月に1回10万ビューくらいの記事を書くだけで、数万円って収入になってしまうので。ライターを超頑張ってた頃よりは、稼ぎやすくはなってると思います。まあ、正直記事の質は下がってますけどね。書き散らかしているので…。
Webメディアは(むしろ)ゴールドラッシュ!?
白石 ちょっと今までのお話を総合すると、Webメディアのビジネスというのがこの先も成り立つのか?というところがグレーだと。
清水 僕は成り立たないと思うんですよねえ。
白石 僕も一時期ライター専業だったので、お気持ちわかります。辞めたのも、食ってけないのが明白だったからでしたし…。なのでまず、Webメディアというビジネスモデルが今後も成り立つのか。そしてスマートニュースのような、「その上」に成り立っているキュレーションメディアはどうなるのか、と。また昔ながらのWebメディアというのとはまた違った形態、例えば電子書籍やブログならば活路はあるのではないか…という流れかと思います。
ここまでの流れを受けて、藤村さんいかがですか?
藤村 うーん、いろんな論点があるので、絞って解いていかなければいけないんだと思いますけど。ただお金という観点で言うと、Webの上で大きく動いているのは間違いない。それをうまく集められる存在が、かつては出版社でした。しかし今はGoogleやFacebookのような存在が、お金を大きく集めている。お金のシフトが生じている。
お金を集められるパワープレイヤーと、お金を分配する仕組みが、かつてのような生態系とは違ってきているわけです。 こうした変化の中で、ある人にとっては食えたもんじゃないという話になるわけです。その一つが、コンテンツを一生懸命作ってきた事業体が、なぜ金巡りが悪くなって続かなくなるんだ、みたいな。
羽田野 既存の出版社からすると、今のWebのビジネスって、すごく小粒なものなんじゃないでしょうか。非常に小粒で、分散してしまっている感じ。足すとあまり変わっていないのかもしれませんけど。
藤村 おっしゃるとおり、メディアビジネスを営んでいる存在は、昔に比べてすごく多いと思います。スマートニュースで、私は媒体社さんとのお付き合いという仕事が中心ですが、やってもやっても追いつかないくらい新しい媒体が生まれてきている。
お金の流れ方、ビジネスのスタイルが変わってきている。ある人は過去との比較で、「とうてい食えたもんじゃない」とおっしゃるかもしれない。でも、これまでメディアをやって来なかったような人たちによる新しい参入が引きも切らない。例えば、バイラルメディアとかはものすごいブームで。語弊があるかもしれませんが、ある意味、イージーにメディアのビジネスをスタートできる環境も整ってきている。
清水 参入障壁は明らかに下がってますよね。
藤村 自分は、メディアで苦しい思いをされている方々がいるのは知りつつも、ある種のゴールドラッシュの体をなしている部分があると思っています。
今日のWebメディアは、プラットフォームを抜きにして語れない
白石 僕はFacebookの藤村さんの投稿とかよく眺めているんですが、例えばバイラルメディアブームの火付け役になったBuzzFeedは、今でも話題を振りまいていますね。
藤村 強力なユーザーリーチを持っているプラットフォームというのが、一つではなく、いくつか分散して存在するようになってきています。少し前までは、検索エンジンを軸に生態系ができていました。ハッキリ言えば、Googleをターゲットにして、コンテンツの作り方やマーケティングの仕方が研究されていました。今はそれが変わろうとしています ―― Googleの及川さんの前でこんなことを言うのもなんですが(笑)。今は例えば、Facebookにぴったり寄り添ってコンテンツを作ると、Facebookが持っている巨大なユーザーリーチの恩恵を受けられるようになるわけです。BuzzFeedがまさにその典型です。
白石 Facebookといえば先日、Instant Articlesという取り組みを発表しましたね。これって端的にいうと、メディアのコンテンツがFacebookに自動で転載される仕組みなんだと思っています。僕はそれを見て、コンテンツの「コピー」が大量にWeb上に流通する…という現象が連想されまして。昨今のバイラルメディアブーム然り、今毎日のように問題になっている「引用か、盗用か」という議論も然りで。
藤村 理想的な意味での、Webにオリジナルコンテンツを作れば誰もがそこに集まってきて、自分たちのブランドの上で成長していく…というシナリオが難しくなってきているというのが、おっしゃられた事象の背景にあると思います。
検索エンジンだけを考えていれば良かった時代においては、「良いコンテンツを作ればそこに人が集まってきてくれる」という方程式を描きやすかった。しかしそこを今、少し見直さなくちゃならない時期なのかもしれません。
例えばFacebookのニュースフィードにピタっとハマったコンテンツを作らないと、中々ビジネスの上げ潮に乗れないとか、そういうことが実際に起きている。そういう事実を受け入れられない方々にとっては、こんなヒドイ時代はないというかもしれない。でも逆に、そういうアルゴリズムを理解して活用できる人々は、すごい成長力を持てる時代に入ってきている。いい意味でも悪い意味でも、巨大なリーチを持ったパワープレイヤーの存在との関係性は避けて通れないんです。Google,Facebook,Twitter,Pinterest,Instagram…そうした大小のプラットフォームが今は並存している時代。
白石 BuzzFeedなんかは、「自分たちがメディアを保有する必要性すらない」と言っていたりしますよね。
藤村 そういう言い方もし始めていますね。BuzzFeedなんかは、そもそもがFacebookにものすごく依存していたりするわけです。自分たちのサイトは持っているけど、Facebookが自分たちのビジネスに占めるインパクトがあまりにも大きいので、自分たちでサイトを運営するコストを全て排して、Facebookに記事を配信するというモデルでもやっていけるぞ、と。もともと通信社などのビジネスモデルもそういうものですし、以前からそういうモデルはあったんですけどね。今の時代に、改めてそういう考え方が出てきている。
白石 ちなみに、Facebookに直接記事を書くぞとなったら、どうやって稼げるんでしょう?
藤村 2つやり方があります。Facebook自体がNative Adsっていうパワフルな広告ビジネスを営んでいます。投稿されたコンテンツの間にFacebookが広告を配信して、そこで上がった売上を分け合うというモデル。もしくは、自分たちが広告主を連れてきたのだったら、100%取っていっていいってモデルです。
BuzzFeedはさらに、自分たちが広告コンテンツも作ってFacebookに流しちゃえ、なんて大胆なことを言っている。ここまで議論しているとディープな話になりますけどね(笑)。
白石 そうですね、ちょっとFacebookやBuzzFeedに突っ込んだ話から戻りますか。
藤村 僕が気になっているのは、一人のライターさんが執筆したとして、それをマネタイズする仕組みが大きく変わっているんじゃないかということ。
羽田野 執筆のマネタイズというと、広告以外マネタイズが思いつかないなあ…。
藤村 あ、僕が関心持ってるのはですね、「結局プラットフォームが牛耳ってる」とか、FacebookのようにWalled(壁に囲まれた)な世界が出来上がることは、Webの開放空間の可能性を信じる人にとっては気持ちのいいことじゃないはず。でも、ビジネスという点から言うと、実際そういう世界になりつつあるってところです。 「開放空間は、開放的で気持ちはいいんだけど、お金にはならないね」「結局閉鎖系みたいなところがお金にはなりやすいね」という話になっていってしまうのか。僕はそこがシンプルに知りたいところ。
羽田野 ブログブームで、あれだけ発信したい人が世の中にいたというのは個人的には驚きでしたけど、今はそれほどの盛り上がりではないように思います。開放空間でまとまった情報を発信するというのは、ハードルがすごく高かったのかな、と。
結局のところ、閉鎖的な空間で、ある程度見知った人々と情報をやりとりするというニーズのほうが、はるかに大きかったのではないでしょうか。少なくとも、ブログを書いて発信しようとする人よりも、SNSで発信している人々のほうが母数が大きい。(メッセージングアプリとかを含めると)インターネットユーザ全体と言ってもおかしくない。そこが、FacebookなどのSNSやメッセージングアプリが、莫大なユーザーリーチを得ている理由じゃないでしょうか。
Cookieは死ぬか?
白石 「Webは死ぬ」という文脈でよく取り沙汰されるのが、Cookieに以前ほどの力がなくなってきたこともあるかと思います。モバイルアプリの上では、アプリがそれぞれWebViewでWebコンテンツを開くことも多く、Cookieによるユーザセッションがそれぞれ分断してしまう。
藤村 要は、ターゲティング広告、リターゲティング広告が使えなくなる、ということですね。広告ビジネスとしては機能不全になってしまう。Webの世界では通用していた広告ビジネスが、アプリ経由では使えなくなると。
白石 TechCrunchでも、Cookieは死んだという記事が掲載されたりしていました。
藤村 Cookieが通用しなくなりつつあるかと言われれば、実際そうじゃないでしょうか。でもね、あたかもCookieがお金であるかのような扱われ方、Cookieでユーザをひたすら追いかけて…というモデルが「健全」であるかというと、ちょっと疑問を感じます。
白石 ユーザの立場からすると、ちょっと気持ち悪いですよね。
藤村 Webとアプリの間に断絶が起きていることは間違いありません。その断絶の中で失われるものがいくつかあって、そのうちの一つがCookieです。じゃあCookieみたいなものが失われることを嘆き悲しむべきかどうかは、僕は相対的なものだと思っています。Cookieが失われるのであれば、もっとユーザの利便性も考えた上で、次にできることが求められるんじゃないかと思う。
白石 なるほど。
失われた透過性
藤村 マーケティングとかリタゲとかそういう概念からは少し離れるかもしれませんが、Webとアプリの間の断絶でもう一つ失われているものがあって、それが僕には気になっています。それは 透過性 です。
白石 というと?
藤村 端的にいうと、リンクの問題ですね。ディープリンクみたいなものはいろんなところから提供されつつありますが、Webの中で成立していたリンクの関係ほど自由じゃない。透明性が高くありません。そうなると、「自分たちのコンテンツの魅力によって人を引き寄せよう」という世界は、アプリの中では作りにくいんです。このことが、コンテンツがお金に変わるような価値を持ちきれない一つの理由であり、問題を難しくしている気がしています。
アプリとWeb, Webとソーシャル、そういうものの間に、透過性を阻害するような要因がたくさん出てきていて、そこはすごく力を持つ時代でもあります。そこを克服する考え方なり、技術的な手法、標準作りとかはすごく重要じゃないかと思います。
白石 リンクの不自由さが、アプリとWebの世界の行き来をしにくくしている原因の一つなんですね。
藤村 アプリのプラットフォームが分かれているのも、そういうのをスムーズにさせない理由だと思います。Webの上では、自由な往来が許容されていました。しかしアプリではそうではありません。そうなると、結局マーケティングの仕組みが前時代的になるんですよ。
Webだったら、良いコンテンツが検索エンジンを通じて伝わることを期待できる、そういう、かなり信頼できる方程式がありました。アプリでは、それは絶対に伝わりません。そうなると、無理やりお金を使って、大昔に流行ったようなマーケティングをまたやらなくてはならない。そういうことが当たり前のように起きている。すごい課題だと思うし、不健全なところだと思う。お金を払ってインストールさせるブースト広告とか、今の時代に変じゃないですか、と。あまりにも前時代的だと思います。
人工知能の「学び」は個人情報か?
白石 ちょっと戻ると、Cookieのパワーは今後落ちていく。で、それに代わるものは出てくる、と。
藤村 そうですね。で、何がどこに出てくるかによって、今後の世界は大きく違ってくると思います。
清水 結局のところ、Cookieはそこまでいいもんじゃなかったでしょ、って言ってもいいんじゃないですか?広告のあり方としては、(リタゲでひたすら追いかけられるより)今のスマートニュースとかのほうが健全だと思います。今やっているかどうかは知りませんが、パーソナライズもできるし、自然に目に入ってくるけど、クリックしたくなければしなければいいわけで。Cookieで同じ広告何度も見せるというのは、理屈の上では合っているのかもしれないけど、不健全な気はする。
羽田野 ところでパーソナライズって、便利な局面と、便利じゃない局面がありますよね。 例えばパーソナライズド検索とかって、言ってみれば「マイブーム」でしかないし。そうじゃなくて、「私」というフィルターを通さない世界を見たい時もある わけで。なんでもパーソナライズがいいわけじゃないだろう、と。Facebookとか、パーソナライズが行き過ぎてて気持ち悪く感じちゃうときもあります。さっきの広告の話もそうですけど。
清水 でもそれも、ハッキリ言うと慣れじゃないかな。今の若い子たちって、最初からそういう世界に慣れきっちゃってて、そんな気持ち悪さとかとは無縁だと思いますよ。
及川 パーソナライズって、どんどん良くなっていくって性質のものですしね。ユーザが快適に感じるように、というふうに調整されていくんです。
羽田野 でもそこにはジレンマがあるような気がします。的確なパーソナライズを行うためには、サービスにどんどん個人情報を渡していかなくてはならない。そこも慣れなんでしょうか。
清水 慣れの問題もあると思いますし、あと、個人情報と思われているものも、個人情報じゃなくなってくる可能性もあるんじゃないかと思いますね。例えば 統計情報って、個人情報とは見なされにくい じゃないですか。
結局のところサービス側が欲しいのって、ユーザの行動履歴そのものじゃなくて、「ユーザが何に関心を抱いているか」という点なんですよね。だからユーザの行動履歴 、例えばユーザが見ているページの特徴量だけを抽出して、ニューラルネットワークに学習させていくと、ニューラルネットワークには重みしか残らない。そうなるとそれって、もはや個人情報とは呼ばれなくなる可能性もあるんじゃないでしょうか。
今までのように、原始的にキーワードを抜き出したり、単純な履歴から類推するんじゃなくて、全体的にこの人は何に関心があるんだろう、どういう話題だったら長く見てるんだろうかってことを、人工知能が総合的に判断するわけです。
ブラウザは人工知能を搭載していく
清水 僕は、MicrosoftがEdgeにCortanaを搭載するのって、それも狙いの一つじゃないかと思う んですよね。ブラウザ上の行動を逐一観察することができる。どういうWebページに長く滞在しているか、どこらへんでスクロールを止めたか、などなど。
そういう情報をとった上でサービスが記憶するものが個々の閲覧履歴じゃなくて、「何に関心があるか」というメタデータであれば、それは個人情報とは言えないのではないでしょうか。
羽田野 EdgeはWebページにマーキングを行うことができますが、それもまさに、そういうことかもしれませんね。ユーザの関心事を浮き彫りにするための機能。
清水 そうそう。積極的にユーザとインタラクションしつつ、人工知能が搭載されているブラウザ。これって、ある意味ではすごく安全です。一番怖いのって、自分のWeb閲覧履歴が第三者に握られてしまって、しかもそれがいつかどこかに流出してしまうっていう危険性ですからね。
ディープ・ラーニングがここまで進んでいる世界で、ユーザの行動履歴を大量に学習させていくことで、サービスは「私が何に関心を持っているか」を学びます。個人情報として、履歴が残って気持ち悪いのは、個々の行動履歴が残るからキモチワルイのであって、ニューラルネットワークに残された重み付け情報であれば、もしかするとそれほど抵抗感はないのかもしれません。
白石 いやー、メディアビジネスからCookie、ディープラーニングに至るまで、盛りだくさんですね。一旦ここで、前半のビジネスっぽい話題は終わりにして、Webテクノロジーを中心にした話に移りましょうか。 なんかビジネスっぽい話題だと、及川さんの発言が奮わないし(笑)。
及川 いや、言いたいことはたくさんあるんですが、ぼくが話しだすと止まらなそうな話題なので自重してたんです(笑)。喉元まで何度も出かかってるんですけどね。
白石 (笑) では、及川さん大活躍の[後編]に続きます!