UXデザインに正攻法はないから「仮説」をとにかく出してみる─秋葉秀樹ロングインタビュー

HTML5 Experts.jpが誇るエキスパートたちに、「UX」というテーマでインタビューするシリーズ第四弾です。

今回のテーマは、「UIデザイナーにとってのUX」。インタビューしたのは、NFC技術を利用して水族館の魚をスマートフォンアプリ内に持ち帰ることできる「Ikesu」など、ユーザー体験を提供する企画・デザインで活躍中のエキスパートNo.16の秋葉秀樹さん。

常にエンドユーザーがワクワクする体験を考えつつ、クライアントの要望を聞き出してカタチにしていく秋葉さんに、デザイン思考や仕事スタイルについて聞いてきました。

UXは概念ではなく、本質で語るべき


白石:まず聞いてみたいのは、UXが最重要視されるようになったここ数年で、Webデザイナーの仕事もずいぶん変わってきているのではないかということ。秋葉さんは『Webデザイン・コミュニケーションの教科書』で最近Webデザイナーのワークスタイルについて執筆されていますが、UI/UXデザイナーという肩書や仕事の変化についてどうお考えでしょうか?

秋葉:僕自身は、UXとかUIとか肩書きをつけていないんです。あまりそういう肩書きやキーワードで自分に決めつけてしまう必要を感じてなくて。それより解決することは何でもやるし、チャレンジするから「肩書きなんてどうだっていい」という考えです。ただし、それだとあまりにも分かりづらいから普通に「デザイナー」と名乗っています。

元々僕は広告デザインからスタートした人で、営業、企画、デザイン、オペレーションを一通り20代前半で経験したので、どれに特化しているとも言えないんです。当時から企画を考えるのが好きだったので、独学で学んだIllustratorなどでデザインモックを短期間であげて、それを持ってお客さんに提案することをよくしていました。

その頃はWebがなかった時代ということもあり、電車のポスターとかは沿線に住む人や働く人を調べるのが楽しかった。現在はWeb以外にスマホアプリやSNSからの流入なども考えなくてはいけないから、導線は複雑さを醸し出していますね。


 ▲株式会社ツクロア エキスパートNo.16 秋葉秀樹さん

白石:世の中的にはUXデザイナーと名乗る人って、増えてますよね。これまでのWebデザイナーと具体的にはどう違うのでしょう?

秋葉:最初に言った通り、あまり肩書きとかキーワードとかにこだわらないのですが、そうですね…。サービスと人を結びつける仕組み作りかと思うんですが、ターゲットの気持ちが100%わからないことが多い。自分がターゲットユーザーになれたらいいなあ、といつも考えています。そう簡単に物事を解決できないほど世の中は複雑なのに、人はシンプルさを好むんです。それを考えるのは難しくも楽しい作業だと最近実感しています。

白石:秋葉さんにとっての「UX」って何だと考えていますか?

秋葉:概念で語るのではななく、本質ってなんだろうってところから、考えるべきだと思うんです。業界の人たちがこぞって買っているアジャイル関連の書籍や、ユーザーストーリーマップ[1]などのツールを使わなければいけないと思っている人が多いけど、実はそうじゃない。僕も失敗をたくさんしているけど、ツールや手法に頼りすぎて、やってはみたものの本質からかけ離れてしまってこけてるケースって多いんです。

白石:そういえば長谷川さんのインタビューでも、手法が先行しているけど本質的ではないという話が出てました。

秋葉:書籍に書かれたことやルール通りに動くのではなく、それを使って「どう問題解決に向かえるのか?」を頭で描けることが本質の基本じゃないかな?

[1]ユーザーストーリーマップ…テーマに沿ってユーザーの行動を付箋に書き出し、時系列に並べて整理していくUX手法の一つ

UXの本質は仮説を有力説に導くこと


白石:実際の現場では、そうした本質やターゲットについてどのように話し合っているんですか?


 ▲インタビュアーHTML5 Experts.jp 白石俊平編集長

秋葉:キーワードは「仮説」なんです。とにかく仮説を立てて、「有力説」にしていくことを柔軟にやっていく。こういうユーザーがいたら、こういう行動をとるだろうと考えて、実装したらユーザーレビューをしてまわしていく。レビューでこういうのが上がってきたからこう変えていこうというところまで考えて、できるだけ軽い工程でやらなくてはいけないと思っています。仮説のユーザーが有力なターゲットユーザーになっていく落としどころが見えてくるまで、どういう手法でやるかはできるだけ自由にやるべきなんじゃないかと。

白石:なるほど。そのレビューは誰がやるんですか?

秋葉:一概には言えないけど、実在のターゲットユーザーに近い方にお願いすることがあります。以前は、ターゲットユーザーがレビュアーにいなかったためにやり取りの中で伝わらなくて失敗したことがありました。ターゲットユーザーの声を聞くのが一番いいんだけど、現場ではなかなかうまくいかなくて、伝言ゲームになることもある。難しさは感じていますね。

白石:秋葉さんは、仮説から有力説まで持っていくのにどのようなやり方をしています?

秋葉:例えば「UX」なんてキーワードで検索すると、ポストイットをホワイトボードに貼って問題解決をするシーンが出てきますよね?

でも、受ける相談の中でよくあるのが、「ポストイットを貼ったあとからどうしていいかわからない」というものです。僕らのチームではよくUXとかアジャイルとかの書籍に書かれている行程をすべて行うことはしないです。

なによりポストイットの作業は、カタチより本質を理解しなければ大抵失敗します。例えばあるサービスに付随する特集ページを企画して多くのユーザーに見て欲しいとします。

これも一例ですが、「家でお菓子作り」で得られるヒントを想像するために、このようなマトリックスを自作します。

fig01:「家でお菓子作り」で得られるヒントを想像してみよう

バレンタインで、密かなブームである「一緒にチョコレートづくり」から派生するキーワードを探します。実際はポストイットなどを使って、チームのメンバーが好き勝手に貼っていきます。

fig02

このように、そのコンテンツに密接したキーワードが何かを年間を通じて記録しておき、さらにそのキーワードからふくれあがるキーワードを探していくと、それがユーザーに届ける特集企画のヒントを得られるかもしれません。

fig03

ただし、それはいくつかの方法のひとつです。
例えばお正月コンテンツを企画する際にこういうマトリックスを作り、ストーリーを作ってみると、ユーザーが期待するかもしれないコンテンツの仮説が立てやすくなります。以下の場合、「自宅でできる正月料理特集」とか「ぐうたらなお正月の過ごし方」という奇をてらった企画とか、いろいろ出てきそうですよね?

fig04

仮説を立て、このユーザーが行動する数日間の「関心」を逆に拾ってくるのです。 それが見えてきたら関心に応えてあげようと、私たちは仮説から企画を作りやすくなるヒントが得られるかもしれません。

大切なことは「正攻法はない」ことです。
エンドユーザーがどういう関心を示すかは、コンテンツをまずは自分自身が理解し、誰に届けたいのかを明確にして、まずは「仮説」を出してみる、という練習をしてみるのもいいかもしれないですね。

僕からのメッセージとしては、「どれだけ仮説を有力説に近づけられるか?」を自分以外のいろんなユーザーを想定して考えたらいいでしょう。

あくまで一つの行程にしかすぎませんが、何もやらないよりは考え、メモやポストイットでちょっとだけ手を動かすと、それだけでもデザイン思考が身に付きます。

サービスの問題解決から提案するUXデザイナーになるには


白石:秋葉さんはWebデザインという領域をとても広い視野で捉えているけど、一般のWebデザイナーがサービスの課題や問題解決まで考えることを求められるのって実際はまだ少ないような気がしますが…。

秋葉:今も過去も、日本のWeb制作会社や発注する企業は、いわゆるウォーターフォール型という上流の担当者が仕様を決めて、一直線に下に投げ込み指示をする受託案件が一般的です。

これはWeb制作の業界にいる人にとって当たり前の感覚でとらえている人が多いわけですが、それだと根拠のない仕様から根拠のないデザインまですべてが担当者の主観で決められ、プロジェクトが進んでしまうのです。

世の中がその受託スタイルで動いているだけに、通常案件で「サービスにおける問題解決」なんて関わる機会がないのは当然なんです。

白石:たしかに受託の仕事で、サービス改善の提案から行うのはハードルが高いですよね。どうしてもクライアントの言われるがままに作らざるを得ないことも多いと思います。どうやったら仕事の領域をより本質的な部分へと変化させられるのでしょうか。

秋葉:僕がどうこういうべきではないと思うんですが、もし現状がイヤなら抜けだす勇気を持つことだと思います。Photoshopなどを使ったクリエイティブワークというのはなくならないと思いますが、俗にいう「パーツ屋さん」の5年先を見ても自分の立場だったら、まったく将来に魅力を感じません。

頼まれたものを作って納品して終わりでは、その作ったものがどう使われるかわからないじゃないですか。さらに納期があると、何がゴールかわからなくなる。納期を死守しなくてはいけないという観念にとらわれると、もっと人の役に立ちたいという目標が、お客さんの言う通り作ることがゴールになってくるんですよね。

「パーツ屋さん」を卒業するにはどうすればいい?


秋葉:言われたことだけひたすらパーツを切り出す「パーツ屋さん」の作業を悪くいうつもりはありませんが、世間の評価は決して高くはないです。それどころか、「他にも代わりになる人はいっぱいいる」と暗に評価されているようにも見受けられます、大阪市交通局の求人の一件( 大阪市交通局のデザイナー募集で月給約11万について思うこと – 秋葉秀樹個人ブログ)がその証拠です。そのことを受け止めながら将来を考えた方がいいでしょう。

白石:とは言っても、様々な事情からなかなか踏み出せない人も多いような気がします。

秋葉:それってなんでだと思いますか?まさに5年先を考えているかどうかだけなんです。お客さんに言われたものを作るだけでは給料も変わらないし、そのうち若くてもっと仕事ができる人も増えてくる。でも、「5年先の自分と仕事の本質」を考えてやっていることは、結局クライアントのためになっていくことって多いはず。「自分が何を大事にしているか」に対してお金を払ってもらうほうが、成長もできると思います。

白石:たしかに言われたことだけやってくれる制作会社より、自分事として一緒に考えてくれるところに発注したいですよね。それができる人や制作会社は、どんどん成功事例が積み重なっていく。それが一部の会社だけではなく、いずれ業界全体に広がっていけば、まさに今回のテーマである「UX」につながっていくような気がします。

秋葉:世の中の業界のしくみは簡単には変えられないけど、普段からいろいろ考えてデザイン環境を作ることも大事なことだと思います。たとえばあるサービスがユーザーから「使いづらい」と言われていたり、「ユーザー離れがある」といった課題があるなら、何が原因なのか徹底的に調べていくとか。必要なところに時間をかけれるか、無駄なことを無駄と言えるかということが5年先のキャリアに大きく影響するのではないでしょうか。

白石:秋葉さんの話を聞いて、クライアントや業界が変わっていくのを待つんじゃなくて、僕らが変わっていくほうがやりやすいのかもしれないと思いました。会社が変わらないなら自分が変わる、会社を変えるでいいじゃないかって。自分たちが楽しく働ける環境を作るために、こうしたUXという考えをどんどん試していくのもありですね。今日はありがとうございました!

(インタビュー:白石俊平/執筆・撮影:馬場美由紀)

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