白石 俊平

いま、UXを語るのはなぜ悩ましいのか?─長谷川恭久ロングインタビュー

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UXという言葉は、専門家ではない筆者のような人間からすると、少し「怖い」言葉です。
筆者にとってUXという言葉は、概念はわかる気がするものの捉えどころがなく、絶えず論争の的になっている…そんな言葉に思えていました。

とはいえやはり、いまの時代Webに携わるものとして、UXに対する興味は尽きません。そこでHTML5 Experts.jpでUXを取り上げてみたいと思ったのですが、「炎上」は怖い…。

そもそも、なんでこんなにUXは論争が尽きないのか。「UXに関心はあるし、仕事として関連もあるのだけれど、どこから学べばいいのかよくわからない」筆者のような人間に、何を伝えることができるか。特集を行うにあたり、エキスパート No.37の長谷川恭久さんに相談させていただくことにしました。

結果、UXという言葉を取り巻く状況から、現在のWeb業界におけるナヤマシイ点にまで言及していただき、とても読み応えのあるインタビューになりました。少し長い記事ですが、どうかお楽しみください!


▲左から、インタビュアー白石俊平編集長、HTML5 Experts.jpエキスパート長谷川恭久さん、

UXを語るのは悩ましい?


白石: こんにちは。この度はUXをテーマとして特集を作るにあたり、いろいろご相談に乗っていただき、どうもありがとうございます。事前にメールでも相談させてもらいましたが、いま「UX」というテーマで特集を作っていくのは、なかなか悩ましいとか。


長谷川: はい、悩ましいですね。いろんな意味で。

白石: 私のように専門外の人間からすると、UXという話題に触れるのは、世間からの批判と隣合わせだという感覚がありますし、私の周りにもそう感じる人間は多いようです。一体なぜ?という思いがありますが、心当たりとかございますか?

長谷川: そうですね…まずは白石さんが抱いているUXのイメージを伺ってみましょうか。こんな質問をしてみましょう。UXの何が「わからない」ですか?

白石: わからないこと、ですか。……うーん……(長考)。

長谷川: 「何がわからないのかわからない」でも、構わないですよ(笑)。

白石: …正直なことを言っちゃっていいですか?もしかすると、いろんな方面から怒られちゃいそうな回答なんですが。

長谷川: どうぞどうぞ。

白石: UXって、何がそんなに難しいのか、わからないんです。

長谷川: ああ、なるほど。

白石: UXについて書かれたものを読むと、「これって『ユーザの立場に立って考えましょう』の一言で終わっちゃうんじゃないかなー」なんて考えてしまうことがよくあって。もちろん、他者の立場に立つというのはそもそもすごく難しいことだし、どんなものでも突き詰めようとすると果てしなく奥行きがあるものですので、ぼくはその入口で止まっちゃってるんだろうなという自覚もあるんですが。

長谷川: それは、ある意味正しい見解だと思います。デザイナーの中にも、「UXって普通のことだよね、なんでそんなに大げさな話をしているの?」と思っている方もいますし。

白石: おお、本職の方でも、そういう感覚を持っている方はいらっしゃるのですね。少し安心しました。

長谷川: UXの議論の中には、手法の話が先行したり、ほんの一部分が注目されるという場合がありますね。その手法を知っているかどうかとか、その手法を正しく実践しているかどうかを重視する人もいます。本来正解は一つではなく、目的にたどり着く方法はいくつもあるはずです。


なのに、特定の手法を実践することが目的になってしまって、「こうすべきだ」「こうしなきゃいけない」という思いが強くなりすぎることもあります。「UXはこうでなければいけない」という柔軟性を欠いた姿勢が、逆に混乱を招いていることもあると思います。

白石: なるほど。そういう状況を、ぼくみたいな専門外の人間が外から見た時に、何が目的で何が手段とみなされているのか、見分けがつかずに混沌として見えてしまうのかもしれません。

長谷川: そういう状況を引き起こしている原因は、二つあるのではと思います。一つは、UXを語るための前提が共有されていないこと。そしてもうひとつは、いま話に上がったように、手法の話が先行してしまうと実践が表層的になりがちなことです。

白石: お、面白そうな話ですね。ひとつずつ教えてもらえますか?

UXを語るための前提を共有しよう


長谷川: まず、UXを語るための前提が共有されていないという点について話してみましょうか。
UXという言葉は本来ものすごく幅広い概念なので、いろんなシチュエーションで使われます。そのため、同じUXという言葉を使っていても、人によって全く違う意味を思い浮かべていたりするのです。

例えば白石さんは、UXというと何を思い浮かべますか?

白石: そうですね…。ぼくはいま、スタートアップに関心があるので、サービスやアプリがユーザにトータルで与える体験だったり、それがビジネスにどう繋がるか?といったところでしょうか。

長谷川: そう、それもUXという範疇に入る話です。UXについて語る場合、「どこのポイントのUXを話しているのか」という認識を共有しなくてはならないと思うんです。例えば、こんな図を書いてみましょう。


まず、ユーザがいますね。そして、ユーザとのインタラクションが発生するポイントとしてデバイスがあります。次に、データベースなども含めたシステム全体があります。そして、これらを包括する存在として、サービスやコンテンツを提供している企業があります。 また、ユーザは「心」を持っている。このユーザは日本という国に住んでいて、更に言うと、このユーザは地球という星に住んでいる。

さて、この図の中で、UXに関わりのある部分はどこまででしょう?

白石: んーと……

長谷川: 全部です。いま挙げたすべてが、UXに関わる事柄なんです。もちろん、専門としている範囲を決めている人もいますし、小さなところから考えていかないと実装すら難しいこともあるので、すべて理解していなければ実践しているとは言えないとは思いませんが…。

ユーザが日本という社会に住んでいるということについて、地球に住んでいるということについて、デバイスを通じてインタラクションを行うということについて、システムのアーキテクチャについて、企業やビジネスについて、すべてUXに関わる事柄として語ることができます。だからこそ、どのポイントからUXを語るかによって、語るべき事柄がずいぶん変わってくるのです。

白石: 広いなあ。

長谷川: そうなんです、広いんです。例えば、「UI/UX」みたいな言葉があるじゃないですか。これは主にインターフェイスデザインから生まれる体験を語るときに使われます。それに対し、サービスやユーザ心理の観点から「UX」という言葉を使っている人もいるわけで、そういう方にとって「UI/UX」という表現が気持ち悪くみえることがあります。UX は UI をはじめ様々な要素を包括すると考えると、同列に言葉を置くことに違和感を感じることがあると思いますが、国内外問わず求職サイトを見ると「UI/UX」のような表現は広く使われていますね。

白石: なるほど、UXのカバーする概念が広すぎて、人によって「UX」という言葉が指している意味が違ってるんですね。

長谷川: はい。そして、人によってUXという言葉の捉え方が異なるだけでなく、そこで語るべき内容も全く変わってきます。

UI/UXという言葉が使われている際、フロントエンド、ビジュアル、インタラクション、システムパフォーマンスといった実装側の話が中心になりがちです。ビジネスやサービスの文脈でUXを語る場合は、Web解析やA/Bテスト、マーケティングだけでなく、企業の組織論にまで話が及ぶことも珍しくありません。 さらには、心理学や社会学、行動経済学[1]なども見据えてUXが語られることもあります。

[1]行動経済学典型的な経済学のように経済人を前提とするのではなく、実際の人間による実験やその観察を重視し、人間がどのように選択・行動し、その結果どうなるかを究明することを目的とした経済学の一分野。Wikipediaより引用)



白石: なるほど…。改めて整理していただくと、いかに広い概念を「UX」と呼んでいたのか、ちょっとびっくりしちゃうほどですね。

長谷川: そうなんです。「UX」という概念がこれほど広くて、ポイントが違えば語るべきことも違ってくるという前提が共有されていないまま、それぞれがUXを語るわけですから混乱もしますし、「それは違う」みたいな声も聞こえてくるのかもしれません。

いまのWeb業界はUXを語るのが難しい?


白石: UXを語ることが難しいもう一つの理由として挙げられていた、手法の話が先行してしまうことによって実践が表層的になるとはどういうことでしょう?

長谷川: これはですね、日本には「Web制作会社」という業態がWebサイト制作の中心になっているという事情がありますが、そうした制作会社が、制作/実装にしか携わることができないということがUXを難しくしまうことがあると感じています。

白石: と、いうと?

長谷川: 制作会社とクライアントの距離があると、そのギャップを埋めるための作業が発生するだけでなく動きが遅くなることがあります。 前述のとおり、UX自体は非常に幅広い概念ですが、制作部分しか携われない会社が影響を及ぼせるUXの範囲は限られています。UIというより装飾だけ、ということも珍しくありません。

白石: ビジネスの主体であるクライアントと、モノづくりを担当する企業が分かれてしまっていることで、UXをトータルで考えることがそもそも難しいというわけですね。

長谷川: ここで問題になるのは、ビジネスの主体と作り手の間の「距離感」です。図にするとこんな感じでしょうか。


▲縦軸は(本質的でない)要素成果物の量と質、横軸はクライアントとの距離感。クライアントと制作者の距離感が近づけば近づくほど、余計な要素成果物が不要となり、結果的に全体のUXをデザインしやすい

距離が遠ければ遠いほど、ワイヤーフレームやデザインカンプなど、多くの「要素成果物」が求められるようになります。逆に距離が近ければ近いほど、そういったものは不要になります。例えば、同じ会社内であれば、「ナプキンに書いたメモ」でも十分に意図が伝わるわけです。
で、そうした要素成果物を作るための作業は、多くの場合「UXを改善する」という本質的な作業とは関係ありません。コミュニケーションのために必要とされるものです。そうした高コストのコミュニケーションが必要とされる関係が、制作サイドからのUXへの影響力を弱めてしまうのです。
制作部隊を自社で抱えているような企業の場合、ひとつの小さなプロジェクトでUXを大きく改善するといったことも可能です。 一方、発注・受注の関係で、クライアントに全く頭が上がらない、連絡しても数日先…というような、「距離の離れた」関係だと、根本的な課題を解決するためのデザインが難しくなります。

白石: なるほど…。では、トータルでUXを考えるためには、インハウスの制作部隊を抱えるか、制作会社もコミュニケーション力を磨いて、提案力を高めていく必要がある…という話になるんでしょうか。

長谷川: はい、仕事の仕方を変えていく必要があると思っていますし、クライアント関係を変えていく動きは国内でもあります。制作会社がUXの中でUIの部分しかタッチできない状況であるならば、表層的な部分に偏るのは当然です。たとえ UIデザインだけ関わるとしても、サービス全体や、利用者のことを理解し、クライアントも含めたチームで共有できるようにならなければ、UXを語るという段階ではないかもしれません。

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せっかくデザインの価値が注目されているのに「UXを実装します」みたいな商材項目のような存在になるのは残念ですよね。

白石: しかしまさか、UXについて伺うつもりのインタビューが、Web業界全体への問題提起になるとは、正直思ってませんでした。

長谷川: はい、こういう話は避けられてきたところはあると思います。しかしそこを考えてこそ、UXの話もさらに深まると思うんです。

例えばマークアップをはじめとしたフロントエンドを例に取って話をしてみましょう。いまはフロントエンド関連の技術や手法はすごく面白いと思います。でも、ワークフローは、相変わらずデザインの後に位置付けられていることがあります。これはおかしい。 決まったデザインを『印刷』して納品するというかたちではフロントエンド技術の真の力が発揮できなくてもったいないと思うことがあります。

こういった根本の部分を変えていかないと、フロントエンドにもUXにも未来を感じないんです。ぼくが最近自分のブログでコンテンツやワークフローの話を中心にしているのも、そこが終わってないのに、形を作る話をしても仕方ない、との想いからなんです。

白石: なるほど。たしかに、ワークフローや仕事関係は改善していかないといけないですね。

長谷川: フロントエンドの技術は飛躍的によくなったのに、デザインプロセスに入れないことがあることにフラストレーションを感じることがあります。

ぼくは2009年頃、デザイナーはみな「テクニカルディレクター」のようになっていくのかな、と思っていました。技術からサービスづくりやデザインをディレクションしていくような。残念ながらそういう立場にいまいるという人はまだ多くはありません。

技術やツールはどんどん進化して、みんなそれを一生懸命勉強して、技術力はどんどん向上しているのに、デザインプロセスに参加できていないことがある。フロントエンドのポテンシャルが活きる場所というのは、末端じゃないと思うんです。

白石: フロントエンドのポテンシャルを最大限発揮するためにも、業界を変えていく必要があるということですね。

長谷川: 業界とまでいかなくても、自分たちの周りを少しずつ変えていくように働きかけていきたいですね。幸い他分野でも、「もっと早く」「もっと密に」、というニーズが高まっています。国内外で「サービスデザイン[2]」や「UXストラテジー[3]」という言葉が出てきているのは、構造から考えていかないと包括的な意味での UXの実現は難しいからではないでしょうか。

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そしてそういう変化を起こしていくためにも、制作者にはもっと「攻撃的」になってもらいたいですね。「ハイ作ります」ではなく、デザインの専門家という立場から対等に提案していく、そんなコミュニケーションを行っていける人が求められているんだと思います。

[2]サービスデザインサービス利用者(生活者)が感じる体験価値を重視して、個々のタッチポイントのデザインにとどまらず、事業としてサービス全体をデザインする行為http://www.dnp.co.jp/cio/servicedesignlab/serviceDesign.html より引用)

[3]UXストラテジーについては、「UX戦略白書」が参考になりました(編集部)


白石: 本日は、「UX」というテーマから今後の問題提起まで、深くて広い話題をありがとうございました。本当に楽しかったです。

(インタビュー・執筆:白石俊平/撮影:馬場美由紀)

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